当センターについて

肝がん

はじめに

肝臓にできるがんには、大きく分けて『原発性(げんぱつせい)肝がん』と、他の臓器からのがん細胞が肝臓に転移をして塊を作った、『転移性肝がん』があります。

『原発性肝がん』は、さらに組織型によって細かく分けられますが、最も多い『肝細胞がん』の治療は、当院では消化器外科(肝胆膵グループ)(外科的切除術を担当)と放射線診断部・IVR部(切除術以外の局所治療・全身化学療法を担当)で連携して行っています。肝細胞がんの次に多い、『肝内胆管がん』に関しては、胆道癌として治療が行われるため、胆道がんの項目を参照ください。

また、『転移性肝がん(肝転移)』の治療法はもともとのがんができた臓器(原発臓器)によって異なりますので、各原発臓器の項を参照ください。

肝臓とは

肝臓は上腹部に位置する人体の中で最大の臓器で、重さは1000~1500g程度です。肝臓は人体の働きを支える化学工場で貯蔵庫でもあります。その主要な機能のひとつは血液中の有害な物質を分解、処理し、それらを胆汁や血液中に排出すること(解毒作用)で、有害な物質は最終的には尿や便に混じって身体から出されます。もうひとつの主要な働きは、消化された食物に含まれる各種栄養素を蛋白、脂質、炭水化物にかえること(合成作用)で、さらに糖をグリコーゲンとして貯蔵し、必要に応じてブドウ糖に分解して血中に放出するといった働きももっています。また、胆汁の生成と代謝も肝臓の重要な働きのひとつです。

肝がんとは

肝がん(肝臓がん)は、その組織型(顕微鏡でみたがん細胞の顔付き)によりいくつかの種類に分類されます。なかでも、栄養素の合成、分解貯蔵、解毒に関係する肝細胞から発生する“肝細胞がん”と、胆汁の通り道である胆管の上皮を形成する細胞から発生する“肝内胆管がん(胆管細胞がん)”がそのほとんどをしめています。その他に特殊な組織型の肝がんが存在します。これら肝臓から発生したがんをあわせて“原発性肝がん”と呼びます。原発性肝がんの約95%は肝細胞がんで、肝内胆管がんは5%弱程度と比較的まれな腫瘍です。

他の臓器からのがん細胞が肝臓に転移をして塊を作った、“転移性肝がん”も広い意味では肝がんに含まれますが、治療法はもともとのがんができた臓器(原発臓器)によって異なりますので、各原発臓器の項を参照ください。

ここからは、原発性肝がんの中でももっとも多い肝細胞がんについて説明します。なお、肝内胆管がんは、組織学的な特徴から海外では胆道がんに分類され、当院でも胆道がん(肝外胆管がん、胆嚢がん)に準じて治療を行っています。

疫学

肝がんは日本人に多く、主にC型肝炎を背景として1975年頃から急増しましたが、近年、男性・女性ともに患者数は減少傾向です。C型肝炎からの肝細胞がんの発症リスクは年齢が高くなるほど高くなります。一方、B型肝炎ではC型肝炎に比べて若年での肝がん発症もみられます。地域的には西日本に多く東日本に少ない西高東低型を示します。

成因

日本人の肝がんの約90%はB型、C型肝炎ウイルスの感染によっておこっています。C型肝炎では、肝炎ウイルスに感染してから慢性肝炎、肝硬変を経て約30年で肝がんが発生します。一方、B型肝炎では無症候性キャリアや慢性肝炎の状態からも肝がんを発症することがあります。B型、C型肝炎ウイルスの感染は主に血液を介しておこり、1975年以降の急激な肝がんの増加は戦後の売血制度や輸血を多用した肺結核手術が原因とみられています。現在は輸血による感染はほぼ完全に防止されています。また、分娩時にB型肝炎ウイルス陽性の母から児への感染が起こること(母子感染)も予防可能となっています。近年では、アルコール多飲や脂肪肝などのウイルス以外が原因と考えられる肝がんの報告も増えてきています。

症状

肝臓は元来予備能力が大きく、肝がんが発生しても自覚症状は比較的少ないため、多くの患者さんは慢性肝炎や肝硬変の治療を受けている途中に検査によって無症状のうちに肝がんを発見されます。なかには、上腹部のしこりや痛み、発熱、黄疸といった自覚症状により病気がみつかることもあります。しかし、これらはかなり病状が進んでからの症状ですので、症状出現前の早期発見が大切です。まれに肝がんの破裂による激烈な腹痛やショックが初発症状であることもあり、このような場合は生命に関わることがあり大至急処置が必要です。

その他、がんが進行すると腹水がたまったり、がんによって肝臓へ流れ込む血流がさえぎられて食道や胃などに静脈瘤とよばれる血流のバイパス路が発達して、これらの静脈瘤が破裂することにより吐血や下血がみられたりすることがあります。

診断

肝がんが発生しても通常の肝機能検査(一般の血液検査)に変化が現れないことが多く、また、自覚症状が無いことも少なくありません。そのため、慢性肝炎や肝硬変の患者さんに対して、血中の腫瘍マーカーや腹部超音波検査によってがんのスクリーニングが行われています。腫瘍マーカーとしては、アルファフェトプロテイン(AFP)、AFP-L3分画、PIVKA-IIが単独や組み合わせてよく用いられます。AFPやPIVKA-IIは肝がん以外の原因でも異常値を示すことがあるため、確定診断には画像診断が必須です。

肝がんの診断には、腹部超音波検査のほか、CTやMRIが有用です。多くの場合は腫瘍マーカーの値と画像診断により確定診断が可能ですが、必要に応じてがん細胞の一部を直接とって調べる生検を行うこともあります。腹部血管造影検査は、足の付け根の動脈からカテーテルとよばれる細い管を挿入し、そこから造影剤を流しながら撮影する検査です。血管造影をしながらCT撮影を行うことでより詳細な検査が可能ですが、近年は通常のCTやMRI検査の精度が向上しているため、以前に比べ行われることは減少しています。生検と腹部血管造影には、検査のための入院が必要です。

病期(ステージ)

肝がんの進行程度(ステージ)は肝がんの進展状況を示すT因子、リンパ節転移の状況を示すN因子、遠隔転移の状況を示すM因子の3因子の組み合わせで決められます。T因子はがんの大きさ(最大径が2cm以下か2cmより大きいか)、がんの数(1個か2個以上か)、脈管侵襲(肝臓の中を走る門脈、肝静脈といった血管の中に腫瘍が入り込んで塊を作ること)があるかどうかによって規定されています。

肝予備能

上に述べた通り、肝がんの患者さんはもともと慢性肝炎や肝硬変といった背景を有することが多く、治療方針の決定においては肝予備能(肝臓の機能がどの程度保たれているか)を十分考慮する必要があります。

肝予備能の評価法には、“肝障害度”、“Child-Pugh分類”などといった基準があり、患者さんがどの程度の治療に耐えられるかという肝臓の予備能力の指標となります。具体的には、腹水の有無、血清ビリルビン値、血清アルブミン値、ICG検査、プロトロンビン活性値、脳症の有無などを組み合わせて規定されます。肝予備能の低い患者さんでは治療の負担に肝臓が耐えられず、肝がんの治療を行わない方がかえって長生きができることもあるため、治療方針を決める上で肝予備能の評価は非常に重要です。

各種治療法とその特徴

肝がんの治療には様々なものがあり、腫瘍の広がりと肝予備能、その他に年齢や全身状態などを総合して治療法を選択します。代表的な治療法には肝切除術、経皮的治療、肝動脈化学塞栓療法、化学療法があります。その他、放射線療法、肝移植などが行われることもあります。

肝切除術

外科的に腫瘍の切除を行います。開腹手術のほか、腹腔鏡下の手術が行われることもあります。肝予備能により、肝臓全体の何パーセントまで切除が可能か異なるため、手術前にはCTなどの画像を用いて切除体積の計算をして手術の計画を立てています。比較的肝予備能の良い患者さんが対象となります。

経皮的治療

ラジオ波焼灼療法(RFA)、マイクロ波凝固療法(PMC)、エタノール注入療法(PEI)などがありますが、近年ではラジオ波焼灼療法が多く用いられています。超音波やCTで位置を確認しながら治療用の針(電極針)で経皮的に腫瘍を穿刺し、熱凝固により腫瘍を壊死に陥らせます。一般的にがんの大きさが3cm以内、数が3個以下のものが適応とされますが、施設により異なる場合があります。また上記の条件を満たしていても腫瘍の位置によっては適応とならないこともあります。

肝動脈(化学)塞栓療法(TA(C)E)

カテーテルとよばれる細い管を使って血管造影を行いながら、腫瘍に栄養や酸素を送っている血管を確認し、抗がん剤や塞栓剤をがんを栄養している血管に注入します。比較的幅広い対象の患者さんに治療が可能ですが、門脈という肝臓の血管が腫瘍によって閉塞していたり肝予備能が極端に低かったりすると対象となりません。使用する抗がん剤や塞栓剤は、病状に応じて選択します。

化学療法

近年、肝細胞がんに使用可能な新規薬剤が相次いで承認されました。現在、肝細胞がんの全身化学療法に用いられる主な薬剤は次の通りです。

一次治療(初めて全身化学療法を行う場合に行われる治療)

  • ソラフェニブ(商品名 ネクサバール)
  • レンバチニブ(商品名 レンビマ)
  • アテゾリズマブ(商品名 テセントリク)とベバシズマブ(商品名 アバスチン)の併用療法

二次治療(一次治療が無効となった場合に行われる治療)・三次治療

  • レゴラフェニブ(商品名 スチバーガ):ソラフェニブが無効となった患者さんでの有用性が示されています。
  • レラムシルマブ(商品名 サイラムザ):ソラフェニブが無効となった患者さんで、腫瘍マーカーであるAFPの値が400ng/μl以上の患者さんでの有用性が示されています。
  • カボザンチニブ(商品名 カボメティクス):1~2つの化学療法後にがんの進行を認めた患者さんでの有用性が示されています。

どの薬剤をどの順に使用するのが良いかなどについて、はっきりとした結論の出ていない部分もあるため、日々新たな知見を取り入れながら治療を行っています。また、薬剤によって副作用の違いや投与法(点滴なのか、内服薬なのか)の違いもあり、個々の患者さんの生活への影響にも配慮しつつ、主治医と患者さんで相談の上、治療方針を決定します。

上記の全身化学療法のほか、カテーテルを用いて、直接肝臓に抗がん剤を流す、肝動注化学療法という方法もあり、がんの状態や肝予備能によってはこちらの治療法が選択される場合もあります。

治療成績

第22回全国原発性肝癌追跡調査報告(2012~2013)によると、初回の治療法としては肝切除術が40.3%、RFA、PEIなどの局所治療が21.1%、肝動脈塞栓療法が23.9%、化学療法が5.8%の患者さんに行われていました。肝切除術では1年生存率91.5%、3年生存率79.0%、5年生存率66.7%、局所治療では1年生存率95.3%、3年生存率79.9%、5年生存率60.6%、肝動脈塞栓療法では1年生存率82.9%、3年生存率53.7%、5年生存率33.7%でした。

その他

肝がんは慢性肝炎や肝硬変を背景として発生する腫瘍であり、多発したり再発したりすることの多い腫瘍です。そのため、何度も治療を繰り返すことが多く、肝予備能とのバランスを考えながらその都度もっとも適した治療を行う必要があります。また肝硬変に合併しやすい食道・胃静脈瘤に対する治療が必要となることもあります。当院では消化器外科(肝胆膵グループ)放射線診断部・IVR部消化器内科内視鏡部の各科が協力、連携しながら治療を行っています。さらに、慢性肝炎や肝硬変は慢性疾患として継続的な治療も必要ですので、がんの治療や経過観察は当院で行いながら、かかりつけ医で肝庇護薬や利尿剤などの処方をうけるといったように、他の病院・医院とも協力しながら治療にあたっています。

また、よりよい治療法の開発のために、ご協力いただける患者さんには、他の施設と協力しておこなっている臨床試験や製薬メーカーの行っている治験による治療も行っています。