研究所

トピック 2022年10月

「大腸がんの転移能と幹細胞性を制御するメカニズムを発見〜がん幹細胞を標的とした新たな治療法開発への足がかり〜」

  • 本研究は、愛知県がんセンター・がん病態生理学分野と同システム解析学分野、同消化器外科部、同遺伝子病理診断部、京都大学医学部附属病院先端医療研究開発機構(iACT)大腸がん新個別化治療プロジェクトとの共同研究により行われました。
  • 本研究成果の詳細は、令和4年9月6日23時(日本時間)に米国癌学会が発行するがん研究専門誌「Cancer Research」オンライン版で公開されました。

研究のあらまし

早期発見と治療の進歩により、大腸がんは比較的予後の良いがんとなりましたが、他臓器への転移を伴う大腸がん患者の5年生存率は20%程度と低いままです。大腸がんが転移すると、手術しても再発する可能性が増え、薬物療法に対しても抵抗性を示しやすくなり、治療が困難になります。がんの転移・再発・治療抵抗性には、がん組織中に存在する「がん幹細胞」と呼ばれる特別な細胞が重要な役割を果たすと考えられていますが、大腸がんの「がん幹細胞」がどのようなメカニズムで維持され、転移に関与するのかはほとんど明らかになっていませんでした。

本研究では、大腸がんを自然発症して肝転移に至る、転移性大腸がんの新しいマウスモデルの作出に成功しました。そしてこのモデルの解析から、非転移性大腸がんと比較して、転移性大腸がんでは「がん幹細胞」のマーカー分子として知られるALCAM(CD166)とPROM1(CD133)の発現が上昇していること、ALCAMとPROM1は単なる目印ではなく大腸がんの幹細胞性、転移能に重要であることを示しました。さらに、ALCAMとPROM1の発現を正負に制御する二つのシグナル経路を同定し、正に制御する経路を遮断すると大腸がん細胞の転移能が減弱することも見出しました。これらの成果は、大腸がん幹細胞を標的とした新しい治療戦略に結びつく可能性が期待されます。

研究内容

  1. がんの研究には遺伝子改変によりがんを発症するマウスモデルが重要な役割を果たしてきましたが、大腸がんの転移に関する研究のほとんどは、大腸がん細胞株やオルガノイドをマウスに移植するモデルを利用して行われてきました。我々は、大腸がん患者で見つかる4つの遺伝子変異(Ctnnb1/Kras/Tp53/Smad4)を、非常に低い頻度で腸上皮細胞に導入することによって、100%の個体が悪性度の高い腺がんを発症して約20%の個体が肝転移を生じる、転移性大腸がんのマウスモデル(CKPSマウス)を作出することに成功しました(図1)。
図1 CKPSマウス:大腸がんの発生から浸潤、転移に至る過程を再現するマウスモデル
  1. 転移のメカニズムを解明する目的でプロテオーム解析を実施したところ、CKPSマウスの転移性大腸がんでは、非転移性大腸がんと比較して、ALCAM(CD166)やPROM1(CD133)と呼ばれるがん幹細胞マーカータンパクの発現が増加していました。また、CKPSマウス由来の大腸がん細胞株(CKPS細胞)は、高いスフェロイド形成能と転移能を示しましたが、ALCAMやPROM1をノックアウトすると、スフェロイド形成能および転移能が強く抑制されたことから、ALCAM、PROM1は単なるマーカータンパクではなく、大腸がんの幹細胞性と転移に機能的に必要であることが分かりました(図2)。
図2 大腸がんの浸潤・転移におけるがん幹細胞
  1. さらに我々は、大腸がんの幹細胞性の維持に二つのシグナル経路が関与することを見つけました。一つはTGF-βからSMAD4につながる経路で、このシグナル経路が活性化すると幹細胞性が抑制されます。大腸がん患者ではしばしばこのTGF-β/SMAD4経路を不活化する遺伝子変異が見つかります。もう一つは、cAMP(cyclic AMP)からPKA(protein kinase A,)、そして転写因子CREBにつながるシグナル経路で、このcAMP/PKA/CREB経路が活性化すると幹細胞性が亢進することが分かりました(図3)。cAMP/PKA/CREB経路の構成分子のノックアウト、あるいは阻害剤の投与によって、CKPS細胞のスフェロイド形成能や転移能が抑制されたことから、この経路が転移性大腸がんの治療標的となる可能性が示されました。
図3 大腸がんの幹細胞性を制御する二つのシグナル経路。
左:TGF-β/SMAD4経路が活性化し、cAMP/PKA/CREB経路が不活化していると幹細胞性は抑制される。
右:SMAD4の変異などでTGF-β/SMAD4経路が不活化し、未解明の刺激によってcAMP/PKA/CREB経路が活性化すると、ALCAMやPROM1の発現が上昇し、幹細胞性が亢進する。

今後の展望

本研究では、自然発症して肝転移を生ずる転移性大腸がんの新しいマウスモデルを確立し、大腸がんの幹細胞性を制御することで転移にも重要な役割を果たす分子・シグナル経路を同定しました。今回見つかった分子・シグナル経路を治療標的とすることで、大腸がんの転移・再発・治療抵抗性に関与する幹細胞性を制御する、新しい治療戦略の開発につながる可能性が期待されます。

掲載論文

Fujishita T, Kojima Y, Kajino-Sakamoto R, Mishiro-Sato E, Shimizu Y, Hosoda W, Yamaguchi R, Taketo MM, Aoki M. The cAMP/PKA/CREB and TGF-β/SMAD4 pathways regulate stemness and metastatic potential in colorectal cancer cells. Cancer Res. (2022) Sep 6. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-22-1369. Online ahead of print. PMID: 36066360