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トピック 2020年12月

「特定の遺伝子変異を持つ大腸がん細胞が生き残るのに重要な因子を発見 ~新しい大腸がん治療法の開発につながることが期待~」

  • 本研究は、愛知県がんセンター研究所・がん病態生理学分野と京都大学医学部附属病院先端医療研究開発機構(iACT)大腸がん新個別化治療プロジェクト(武藤誠プロジェクトリーダー)との共同研究により行われました。
  • 研究論文は、令和2年11月12日にSpringer Nature社発行のOncogene誌にオンライン版で公開されました。

研究のあらまし

大腸がんはがんの中でも患者数が多く、本邦の部位別がん死亡率をみると大腸がんは男性で第3位、女性で第1位であり、効果的な治療法が必要とされています。MyD88は細胞外からの刺激を細胞内に伝える分子の一つで、これまでにMyD88が大腸がんの形成に関わることを示唆する報告がありましたが、その詳細は不明でした。

本研究では、大腸がん形成におけるMyD88の働きを明らかにする目的で解析を行い、初期の大腸がんを再現する遺伝子改変マウスにおいてMyD88を抑制すると、腸管腫瘍の形成が著しく阻害されることを見出しました。また、マウスの大腸腫瘍オルガノイド培養でMyD88の働きを抑制すると細胞死が誘導されますが、正常大腸組織オルガノイド培養でMyD88を抑制しても影響がないことを明らかにしました(図1)。

図1 MyD88の機能阻害はAPC変異を持つ大腸腫瘍細胞に細胞死を引き起こす。

研究内容

  1. 遺伝子改変により初期の大腸がんを再現するマウスモデル(Apc変異マウス)において、MyD88の働きを抑制すると、腸管腫瘍の数やサイズが大きく減少しました。また、この時、腫瘍細胞の増殖が低下し、細胞死が引き起こされていました。
  2. Apc変異マウスの腸管腫瘍において、腸管腫瘍の成長を促進するJNK-mTORC1経路の活性化が炎症性サイトカインであるIL-1βにより誘導されること、MyD88の欠失により、JNK-mTORC1経路の活性が低下し、その下流で低酸素関連因子HIF-1αの働きも低下することを見出しました。
  3.  Apc変異マウスの腸管腫瘍において、MyD88の欠失により、細胞死回避に重要なNF-κB経路や、腫瘍細胞の増殖を促進するWnt経路も強く抑制されることを見出しました。
  4. Apc変異マウスの腸管組織より作製した正常オルガノイド培養と腫瘍オルガノイド培養を用いた実験の結果、MyD88の欠失により、腫瘍オルガノイドでは細胞死が誘導されましたが、正常オルガノイドには大きな変化は見られませんでした。
  5. APC遺伝子に変異を持つヒト大腸がん細胞株においても、MyD88の機能抑制により、細胞の増殖が減少し、細胞死が引き起こされることを確認しました。
  6.  以上の結果から、Apc変異を持つ腸管腫瘍細胞が細胞死を回避して生き残るためにはMyD88の働きが重要なこと、MyD88の下流ではJNK-mTORC1-HIF-1α経路やNF-κB/Wnt経路が働いていることが明らかになりました。

今後の展望

本研究では、MyD88の働きを抑制すると、正常腸管上皮細胞にはほとんど影響がありませんが、Apc変異を持つ腸管腫瘍細胞の増殖が抑制され、細胞死が誘導されることを見出しました(図1)。

この研究成果は、APC変異を持つ大腸がん細胞ではMyD88がアキレス腱となりうることを示しており、MyD88の働きを阻害する化合物が開発されて臨床で使用できるようになれば、APC変異を持つ多くの大腸がんに対する新しい治療戦略につながることが期待されます。

掲載論文

Kajino-Sakamoto R, Fujishita T, Taketo MM, Aoki M. Synthetic lethality between MyD88 loss and mutations in Wnt/β-catenin pathway in intestinal tumor epithelial cells. Oncogene (2020). 2020 Nov 12. doi.org/10.1038/s41388-020-01541-3. Online ahead of print. PMID: 33177648