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トピック 2017年8月

「大腸がんが薬剤抵抗性を獲得する新しいメカニズムの発見 ~がん細胞は周囲の正常細胞を積極的に利用して耐えている~」

  • 本研究は、愛知県がんセンター研究所・がん病態生理学分野(旧分子病態学部)と京都大学医学研究科・遺伝薬理学ユニットの共同研究として行われました。
  • 研究論文はがん研究専門誌Oncogeneに平成29年8月1日(日本時間)にオンライン版で公開されました。

研究のあらまし

近年のがん分子標的治療薬の開発にともない、一部の白血病などでは症状が消えて腫瘍細胞が検出できないくらい減少すること(寛解といいます)も夢ではなくなっていますが、大腸がんや肺がんをはじめとする固形がんでは、分子標的治療薬による治療の初期には効果が認められても、がんがいずれその薬に対する抵抗性を獲得して効かなくなることが知られています。

がん細胞がこの薬剤抵抗性を獲得するメカニズムについては、主にがんの細胞株を用いた培養皿上での研究で明らかにされてきましたが、実際に生体内でがんがどのように抵抗性を獲得するかについてはよく分かっていませんでした。一方、がん細胞は、周辺の様々な正常細胞を巧みに利用して、がん細胞にとって居心地の良い環境(がん微小環境といいます)を作り出していることが分かってきています。本研究では、大腸がんを自然発症する遺伝子改変マウスを用いて、大腸がんがmTOR阻害薬と呼ばれる分子標的治療薬に対して治療抵抗性を獲得する際に、がん微小環境中の正常細胞を利用していることを発見しました。この正常細胞の働きを抑えると治療抵抗性を回避することができたことから、がん微小環境は、大腸がんの薬剤抵抗性を克服するための重要な標的となることが示唆されました。

研究内容

浸潤性の大腸がんを自然発症するマウスに、腎がんや乳がんの臨床で既に使用されている分子標的治療薬であるmTOR阻害薬を投与して、大腸がんの成長や浸潤に対する効果を検証しました。mTOR阻害薬を投与したマウスでは、管腔(食物が通る内腔)側へのがんの成長が抑えられ大腸がんは縮小しましたが、がん細胞の浸潤は抑えられませんでした図1)。この結果から、管腔側と浸潤部という、がんが生育する環境の違いがmTOR阻害薬に対する抵抗性に関与している可能性が示されました。

図1

一方、mTOR阻害薬に抵抗性を示す浸潤部では、がん細胞周辺の間質細胞においてMAPキナーゼ経路と呼ばれる増殖シグナル経路が活性化していました(図2右)。このMAPキナーゼ経路の活性化はmTOR阻害薬によるフィードバック作用によって引き起こされており、その結果、間質細胞は様々なサイトカインを発現するようになります。これらサイトカインなどのおかげで浸潤部のがん細胞はmTOR阻害薬に抵抗し、活動を続けると考えられます(図2右)。

図2

そこで、浸潤部周辺の間質細胞で活性化しているMAPキナーゼ経路を抑制する分子標的治療薬(MEK阻害薬)をmTOR阻害薬と一緒に投与したところ、浸潤性のがんの活動を抑制することができました(図3)。

図3

今後の展望

本研究では、mTOR阻害薬とMEK阻害薬の併用によって大腸がんの浸潤を強力に抑制できることを示し、分子標的治療薬に対する治療抵抗性を克服する上で、がん微小環境中の間質細胞が標的となりうることを明らかにすることができました。一方で、併用する薬剤の用量によっては肝臓など正常組織へのダメージが強くなる傾向も認められ、当然のことながら併用においては投与法や用量を慎重に決定する必要があります。今回発見した間質におけるMAPキナーゼ経路の活性化以外にも、分子標的治療薬あるは通常の化学療法薬によって、がん微小環境内の間質細胞で様々な変化が起きていると考えられ、そのような変化を分子レベルで明らかにすることで、治療抵抗性を克服するための新たな戦略が見つかることが期待されます。

掲載論文

Fujishita T, Kojima Y, Kajino-Sakamoto, R, Taketo, MM, Aoki M. Tumor microenvironment confers mTOR inhibitor resistance in invasive intestinal adenocarcinoma. Oncogene. 2017 Jul 31. [Epub ahead of print] doi: 10.1038/onc.2017.242. (PMID: 28759045)