研究所

トピック 2017年4月

「新規大腸がん転移抑制因子HNRNPLLはCD44遺伝子のスプライシングを通して転移を抑制する」

  • 本研究は、愛知県がんセンター研究所・がん病態生理学分野(旧分子病態学部)と愛知県がんセンター中央病院・消化器外科部および遺伝子病理診断部の共同研究として行われました。
  • 本研究の論文は英国消化器病学会が発行する消化管病学・肝臓病学の専門誌「Gut」に掲載予定で、2017年3月31日(日本時間)付でオンラインにて先行公開されました。
  • 本研究成果は平成29年4月12日発行の読売新聞および中日新聞の朝刊に取り上げられました。

研究のあらまし

日本では2014年にがんで36万人以上が亡くなりましたが、大腸がんはそのうちの約5万人の死因となり、肺がんに次いで2番目の多さでした。がんの治療を難しくする原因はいろいろ挙げられますが、転移はその代表的なものといえます。転移とは、がん細胞がもとの発生した臓器から他の臓器に移動してそこで増殖することです。大腸がんの場合も他臓器への転移を伴っていると治療は難しくなりますが、残念ながら大腸がん細胞が転移するメカニズムは十分に解明されておらず、転移を制御することは極めて困難な状況です。今回、われわれは、HNRNPLLというタンパクが大腸がん細胞の転移を阻止するブレーキ、すなわち転移抑制因子のひとつとして働くことを世界ではじめて見つけました。HNRNPLLによるブレーキが外れると、CD44v6というタンパクが産生され、大腸がん細胞が周囲の組織に侵入しやすくなります。さらに、ブレーキが外れるメカニズムとして、がん細胞を悪性化させる要因として知られている上皮間葉転換という現象によって大腸がん細胞のHNRNPLLが減ってしまうことも明らかにしました。

研究内容

  1. HNRNPLLが大腸がん細胞の転移を抑制するブレーキとして働くことを見つけました
    細胞内には2万種類以上のタンパクが存在していますが、その中のどれが転移を制御しているのかを特定するのは容易ではありません。私たちはこの問題にshRNA(エスエイチアールエヌエー)ライブラリースクリーニングという手法と実験動物(マウス)を使って取り組み、HNRNPLLというタンパクが大腸がん細胞の転移を抑えるブレーキとして働くことを突き止めました。
  2. HNRNPLLの量が減少することで大腸がん細胞が転移する仕組みの一部を明らかにしました
    HNRNPLLは、スプライシングという重要な過程を制御するタンパクであることが以前から知られていました。私たちは、HNRNPLLの量が減少することで大腸がん細胞内のスプライシングに異常が生じ、CD44v6と呼ばれる特殊なタンパクが産生されることを見つけました。このCD44v6は悪性度の高い大腸がんに多くみられることが知られており、がん細胞の転移の初期にみられる浸潤(周辺の組織に侵入していくこと)という活動を活発にします(下図)。
  3. HNRNPLLの量が減少する仕組みの一部を明らかにしました
    では、実際に体内の大腸がんではどういった原因でHNRNPLLという転移のブレーキが効かなくなってしまうのでしょうか?私たちは、がん細胞の悪性度が高くなる際にみられる上皮間葉転換という現象がその原因となることを突き止めました(下図)。

今後の展望 

今回発見した、HNRNPLLによる大腸がん転移制御のメカニズムをより詳しく明らかにすることによって、将来的に転移の抑制・予防を目的とした薬剤の開発につなげられる可能性があり、現在も研究を続けています。

掲載論文

Sakuma K, Sasaki E, Kimura K, Komori K, Shimizu Y, Yatabe Y, and Aoki M.: HNRNPLL, a newly identified colorectal cancer metastasis suppressor, modulates alternative splicing of CD44 during epithelial-mesenchymal transition. Gut. Mar 31. doi: 10.1136/gutjnl-2016-312927. [Epub ahead of print] (PMID: 28360095)