がん予防研究分野
概要
環境要因・遺伝的要因の双方を考慮したがん予防に関連するエビデンスを創出し、個人に合わせた予防法の開発に取り組んでいます。
今や日本人男性の2人に1人、女性の3人に1人は生涯のうちにがんにかかるようになり誰もが無縁とは言えない状況となりました。がんのリスクは、生活習慣病をはじめとする環境要因、生まれつきの体質を規定する遺伝的要因により個々人で異なります。当分野では、特に環境要因と遺伝的要因の組み合わせ効果である「遺伝子環境要因交互作用」をキーワードに、分子疫学的なアプローチでがん予防につながる研究を推進しています。
目指すもの
個人の環境要因と遺伝的要因を考慮することで、治療と同じく予防も個別化を目指すとともに、愛知県がんセンターで1988年から実施されてきた病院疫学研究や、国内外の大規模疫学研究データを元に、病院との密接な関係を生かし、研究成果を予防・治療の現場に還元することを目指しています。
連絡先
愛知県がんセンター研究所
がん予防研究分野 分野長
松尾 恵太郎(まつお けいたろう)
〒464-8681 名古屋市千種区鹿子殿1-1
Tel:052-762-6111(内線)7080
E-mail:kmatsuo@aichi-cc.jp
がん予防等に役立つ情報を県民のみなさまに提供するため、1988年より大規模な病院疫学研究「愛知県がんセンター病院疫学研究」を実施しております。
研究内容 一般の方へ
研究活動の概要
近年、誰もが「がんと無縁」とは言えない状況になりました。がん予防研究分野では、生活習慣などの環境的要因と、生まれつきの体質とも言える遺伝的要素との組み合わせを考慮したがんの予防について、その科学的根拠を明らかにしながら個々人に合った予防法を開発することに取り組んでいます。
私たちは、当病院を受診された患者さんに生活習慣などのアンケートにご協力いただき、その患者さんの遺伝子情報と組み合わせて分析する大規模な疫学研究を行っています。患者さんの遺伝的要因と環境的要因との組み合わせががんの発症にどう影響を与えているかを分析し、それぞれの体質によって特に気を付けるべきがんは何か、どんな生活習慣を避けるべきかなど、個人の体質まで考慮したがんの予防法を確立する研究を推進しています。
病院疫学研究=HERPACC(Hospital-based Epidemiologic Research Program at Aichi Cancer Center)
当センターでは1988年から、がんと診断された患者さんを対象に、生活習慣に関する詳細なアンケート調査にご協力いただくとともに、2001年からは血液の提供もお願いし、遺伝子と生活習慣の組み合わせによる、がんの発生状況について分析する研究を行っています。これまでに13万人の方にご参加いただきました。治療の現場と密接な連携ができることで、発症したがんの特徴や患者さんの栄養状態、治療の経過、家族の病歴などより詳しい情報を得ることができます。これは分子疫学※研究を進める上で全国でも他に例のない取り組みで、この研究は現在も当がんセンターのキャンサーバイオバンクの取り組みとして継続されています。
分子疫学
遺伝子レベルで解析された遺伝的背景と、生活習慣などの環境要因とを組み合わせ、疾病の発生状況や予防のあり方を研究する科学
研究テーマ
がん予防研究分野の研究成果について、松尾恵太郎分野長に聞きました。
このがんセンターで長年行われてきた病院疫学研究を通し、どんなことがわかりましたか?
お酒をたくさん飲む人は全く飲まない人に比べて数倍食道がんになりやすいことはこれまでにもわかっていました。そこで、病院の患者さんの飲酒の習慣と、遺伝子の解析結果を組み合わせ分析したところ、お酒に弱い人ほど食道がんのリスクがより高いことがわかってきました。
アルコールを分解するアルデヒド脱水酵素は、遺伝子の設計図に含まれるグルタミン酸(Glu)型とリジン(Lys)型の組み合わせで酵素の働きが決まります。両親から一つずつ引き継いだ遺伝子が、Glu/Glu型の人はお酒に強く、Glu/Lys型の人はお酒に弱い、Lys/Lys型の人はお酒が全く飲めません。私たちの研究から、お酒に弱いGlu/Lys型の人が一日二合以上飲酒すると、お酒に強いGlu/Glu型の人に比べて数十倍も食道がんになりやすいことがわかってきました。Lys/Lys型の人は全く飲めないのでそもそもお酒でがんのリスクが高くなる心配はありません。お酒が弱いけれど飲むことはできるGlu/Lys型の遺伝子の人は特にお酒を飲みすぎないような注意が必要だということです。
遺伝子レベルでみると、予防法や特に気を付けるべき生活習慣はみんな違うということですね。
もちろん、お酒に強いGlu/Glu型の人もお酒によってがんになるリスクはあり、やはり飲みすぎには注意が必要です。しかし酒に強い人よりも弱い人の方が、よりお酒の量に対する注意が必要と言えます。
たばこと肺がんについても新たな発見がありました。がん細胞に特定の遺伝子異常が見られるがん患者さんは、喫煙の習慣がないにもかかわらず肺がんに罹っていることを突き止めました。この遺伝子異常はアジア人や女性、タバコを吸わない人、特に肺腺がんという肺の深い部分にできるがんの患者さんに多く見られ、一口に肺がんと言っても、禁煙だけでは予防できない種類の肺がんもあるということが明らかになったのです。残念なことに、この種のがんの予防法はまだ見つかっていません。今後の研究の課題です。ただ、どんな遺伝子を持っていたとしても、禁煙は一般的な肺がんを含むあらゆるがんの予防に有効であることは間違いなく、さらにタバコは心臓病など多くの生活習慣病の原因になりますから、喫煙者は少しでも早く禁煙することをお勧めします。
禁煙や、食生活、適度な運動など、がんの予防に役立つと漠然とわかっていても、なかなか生活習慣を変えられない人も多いと思いますが。
確かに、健康を損ねる可能性があると分かっていても、良いといわれることをすべて実行するのは非常に難しいですね。私たちは遺伝子の解析から、乳がんのリスクが遺伝子型の違いにより大きく異なることを発見しました。遺伝子検査の結果、乳がんのリスクがほかの人よりも高いと伝えられた人と、そうでない人とで、どの程度予防に向けた行動に差がでるかを検証する研究も行っています。私たちは、個人の体質まで考慮した個別のがんの予防法を確立し、それをきっかけにより多くの人が生活習慣を改善したり、検診を受けたりすることにつなげることを目指しています。
目指すもの
医学の進歩でがんの種類もより細かく分類され、それぞれのがんにあった治療法や治療薬の開発が進んでいます。一方で予防については、肺がん予防は禁煙などと画一的なものが一般的です。今後は遺伝子レベルで分析した個人のがんになりやすさをもとに、がんの予防も個別化し、がんで苦しむ人を少しでも減らすことを目指しています。
研究内容 専門家の方へ
予防研究分野では、1988年から2013年の間、愛知県がんセンター中央病院外来において、初診患者さんを対象に、HERPACC(Hospital-based Epidemiologic Research Program at Aichi Cancer Center)と呼ばれる大規模な研究を実施してきました。がん、非がんの患者さんが混在する集団を対象に、生活習慣、採血を含む疫学調査を行っています。本研究は下記に触れる様々な研究プロジェクトのベースとなっており、予防、臨床の両方につながる疫学研究を展開しています。
1)がんの罹患リスクを検討する研究
がんに罹りやすい人、罹りにくい人の違いにどういう背景があるかを探す研究を実施しています。生活習慣を初めとする環境要因、遺伝子に基づく宿主要因、および両者の交互作用を解明し、それらをがんリスクを評価する事にどう用いるかを検討しています。
- がんのリスクに影響を与える環境要因を検討する研究
- がんのリスクに影響を与える遺伝的要因を検討する研究
- 環境要因と遺伝的要因の交互作用を明らかにする研究
- a)-c)を組合わせた、がんリスク予測に関する研究
- がんの個性によるリスク要因の違いに関する研究
d)の実例として以下に食道がん・頭頸部食道がんリスクに対する飲酒とALDH2遺伝子多型の交互作用を用いたリスク予測の研究を実施しました(論文リンクを参照:Development of a prediction model and estimation of cumulative risk for upper aerodigestive tract cancer on the basis of the aldehyde dehydrogenase 2 genotype and alcohol consumption in a Japanese population)。
同研究では、HERPACC第2期の症例対照研究で、飲酒とALDH2遺伝子型、喫煙、性、年齢情報に基づき頭頸部・食道がんのリスクを予測するモデルを作成しました。モデルが妥当かどうかを、HERPACC第3期の症例対照研究で検証し、再現性があることを確認しました。同研究では、さらに飲酒量とALDH2遺伝子型の組合わせ別に頭頸部・食道がんの罹患リスクの推定を行っています。
2)がんサバイバーシップ研究
がんに罹った後の生存に最も影響を与えるものは治療です。しかしながら、治療に加えてより良い生活習慣、あるいは治療効果をよくする遺伝的背景があるかもしれません。我々は愛知県がんセンター中央病院と協力して、生活習慣や遺伝的背景がどのようにがん患者さんの治療成績と関係しているかを探る検討をしています。将来的には、治療成績が向上するために必要な生活習慣は何か、を提案できるようにしたいと考えています。
本研究の実例として、葉酸摂取と頭頸部がんの予後に関する研究を紹介します(論文リンクを参照:Association between dietary folate intake and clinical outcome in head and neck squamous cell carcinoma)。
同研究では、愛知県がんセンターで頭頸部がんと診断され治療を受けた患者さん437名の治療後の予後が、葉酸摂取量(診断前の食事パターンに基づく)が高い患者さんでは良好である、という結果を得ました。今後、がんの種類を広げて、治療後の生活習慣などの治療成績への影響を調べる研究を展開していく予定です。
3)国際共同研究への参画
がんは日本だけで起きている訳ではなく、世界中で起きています。その原因は、日本人特有なものもあれば、そうではなく人類共通のものである可能性もあります。これらを明らかにするために世界中の研究者と共同して研究するプラットフォームに参画しています。現在参画している国際コンソーシアムは以下の通りです。
- International Head and Neck Cancer Epidemiology Consortium(INHANCE)
- International Lung Cancer Consortium(ILCCO)
- Breast Cancer Association Consortium(BCAC)
- Ovarian Cancer Association Consortium(OCAC)
- International Lymphoma Epidemiology Consortium(InterLymph)
- Asia Cohort Consortium(ACC)
- Stomac Cancer Pooling Project(StoP)
これらの研究を通じて、これまでにN Engl J Med、Nature Geneticsなどに成果を発表しています。
本国際共同研究の例として、二つの論文リンクを紹介します。
一つ目は、f)のアジアコホートコンソーシアムを通じた研究です。(論文リンクを参照:Association between body-mass index and risk of death in more than 1 million Asians)本検討では、アジア人を対象として実施された19のコホート研究をプールし、Body Mass Index の総死亡、癌死亡、循環器死亡への影響を検討しました。
二つ目は、c)の乳がんに関する研究です。(論文リンクを参照:Large-scale genotyping identifies 41 new loci associated with breast cancer risk)本検討は、BCACに参画する疫学研究を対象に全ゲノム関連解析研究を実施したところ、乳がんリスクに影響を与える41遺伝子座見つかった、という研究です。
4)乳がんに対する環境要因、宿主要因情報を用いた予防介入研究
乳がんはわが国の女性の罹患第一位のがんです。これまでに数多くの研究が環境要因、宿主要因それぞれに関して乳がんリスクとの関連を示してきましたが、それらを組み合せて評価されたことは国内では皆無でした。我々の研究グループでは日本医療研究開発機構AMEDより「個人の生活習慣等の環境要因と遺伝的リスクを考慮した科学的根拠に基づく効率的な乳がん予防法の開発研究」の課題名で支援頂き、国立がん研究センター、鹿児島大学、国立保健医療科学院、徳島大学、大阪大学と連携し、(1)環境要因と宿主要因を用いた乳がんリスク予測モデル構築、(2)リスク予測モデルを用いた予防介入試験、(3)リスク予測を考慮した予防の経済効果予測、(4)リスク予測を用いた予防法の公衆衛生学的効果の予測、(5)次世代シーケンサーを用いた、遺伝性乳がん関連遺伝子の影響を検討する、といった研究を実施しています。(2)に関しては [Japan Personalized Cancer Prevention (Intervention Trial or study) – Breast (JPCP-Br)] を参照。
5)日本人を対象としたがん予防法の検討
日本で数多くの疫学研究が実施されて来ましたが、それらを総合的に評価し、日本人のためのがん予防はどうあるべきか、という事を評価する事も重要であると考えています。我々は国立がん研究センターのグループが中心となって推進している「科学的根拠に基づく発がん性・がん予防効果の評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」班に参画し、積極的に日本人のがん予防に資するエビデンスの構築に関っています。(科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究)
6)日本他施設共同コーホート研究(J-MICC研究)
当センターは日本多施設共同コーホート研究、通称J-MICC研究に1研究サイトとして参画しております。(J-MICC STUDY 日本多施設共同コーホート研究(ジェイミック スタディ))J-MICC研究は日本で初めての本格的且つ大規模な分子疫学コホート研究です。
7)3府県コホート研究 愛知
名古屋市千種区と豊田市足助町において1985年に立ち上げられた住民ベースのコホート研究です。対象者数は33,529名であり、他の3府県コホート(大阪府、宮城県)と共同し、現在までに数多くの成果を出してきました。本データを用いてAsia Cohort Consortium、日本人を対象としたがん予防法開発研究にも参画しています。(http://202.229.135.133/activities/cohort.html)
スタッフ紹介
生体試料や診療情報を体系的に保管・管理して、国内外の研究機関・企業とともに使えるようにし、より迅速に新たな個別化医療・予防を創造するための仕組みです。
疫学研究の手法を通じて、様々な分野と連携して、発がん原因の発見、発がんメカニズムの解明を通じて新たな予防法の開発につなげたいと思っています。
これまで行った研究の概要:https://researchmap.jp/LifeSciences
業績
リサーチレジデント募集
我々はがん情報・対策研究分野と連携して、がんの記述疫学からがんの分析疫学を網羅した研究を展開しています。また、分子遺伝学分野との協力により、遺伝子情報を用いた発がんメカニズムの解明、予防研究を展開しています。がん疫学に軸足を置きつつ、多領域とのコラボレーションにより、新たながん疫学を作っている自負があります。是非我々と研究を一緒にしましょう!(連絡先:kmatsuo@aichi-cc.jp)