がん医療において 精神科医にできること
9/23/06
愛知県がんセンター中央病院
緩和ケア部精神腫瘍診療科
小森 康永
がん医療における精神科医の仕事
- 緩和ケアチームの運営(病棟における症状性精神障害への対応、痛み・嘔吐などの緩和)
- 外来における集団療法の提供(がん患者、家族、遺族など)
- 緩和ケアに関する研究
- がんの心理教育(がん一般、死、遺族なども含め)
- 医療関係者に対する緩和ケアの啓蒙、教育
- 入院患者さん向けレクレーション
緩和ケアチームの運営(病棟における症状性精神障害への対応、痛み・嘔吐などの緩和)
緩和ケアチームって何?
- 一般病床に入院する悪性腫瘍または後天性免疫不全症候群患者のうち、疼痛、倦怠感、呼吸困難等の身体症状または不安、抑うつなどの精神症状を持つ者に対して、当該患者の同意に基づき、症状緩和に係る専従のチーム。
- 精神科医、緩和ケア医、緩和担当看護師を要する。
- 緩和ケア診療加算は一日につき250点。
- 1日当たりの算定患者数は、概ね30名以内。
緩和ケアチーム
紹介患者プロフィール
- 件数 5ケ月で87件(2006/4-8)
- 平均年齢58.8歳
- 性別 男:女=45:42
- 診断 適応障害、せん妄、うつ病で76%
- 紹介科 件数/医師数でみると、呼吸器内科と胸部外科に多く、消化器外科と泌尿器科に少ない。5回以上紹介した医師は4名。常勤医師63名中紹介したことのある医師は33名。
適応障害
- A はっきりしたストレスから3ヶ月以内に、情緒面または行動面の症状が出現。
- B 1)そのストレス因子に暴露されたときに予測されるものをはるかに越えた苦痛。ないし2)社会的または職業的機能の著しい障害。
- C 他の第1軸障害の基準を満たさない。
- D 症状は、死別反応を示すものではない。
- E ストレス因子が終結すると、症状がその後さらに6ケ月以上続くことはない
(一般身体疾患による)せん妄
- A 注意を集中し、維持し、転勤する能力の低下を伴う意識の障害。
- B 認知の変化、またはすでに先行、確定ないし進行中の痴呆ではうまく説明されない知覚障害の出現。
- C 短期間のうちに出現し、1日のうちで変動する傾向がある。
- D 病歴、身体診察、臨床検査所見から、その障害が一般身体疾患の直接的な生理学的結果により引き起こされたという証拠がある。
うつ病(大うつ病エピソード)
A 以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間のあいだに存在し、病前の機能が変化している:それらのうち少なくとも一つは1)ないし2)である。
- ほとんど1日中、毎日の抑うつ気分。
- 同様に、興味、喜びの著しい減退。
- 体重減少ないし増加、食欲減退または増加。
- 不眠または睡眠過多。
- 焦燥または制止。
- 易疲労性または気力の減退。
- 無価値感または罪責感。
- 思考力、集中力の減退または決断困難。
- 死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図。
サイコオンコロジーつて何?(Psycho-Oncology,精神腫瘍学)
- 悪性腫瘍に関連する精神的問題の学問
- 1)心理状態、生活態度、習慣などががん発生の危険因子となりうる可能性、およびがん罹患後の経過・生存率に与える影響を研究する。がんそのものおよびその治療過程が患者ならびに家族そして医療関係者に与える精神的影響を研究し、その対策を提供する。
- 2)心理状態、生活態度、習慣などががん発生の危険因子となりうる可能性、およびがん罹患後の経過・生存率に与える影響を研究する。
サイコオンコロジーの歴史
- 1975 J.C.Hollandによってニューヨークのスローンケタリング記念がんセンターで精神科診療が開始される
- 1975 サンアントニオにおけるがんの心理社会的研究カンファレンス
- 1984 国際サイコオンコロジー学会設立
- 1985 日本サイコオンコロジー学会設立
- 1988 米国がん・AIDS精神医学会設立
サイコオンコロジー誕生の背景
- がん治療の進歩による生存率の向上
- インフオームド・コンセントやOOLを重視する傾向の強まり
- 死についての議論が活発になったこと
- がん患者を看護する家族や看護師のストレスが問題になってきたこと
- 心身医学の発展とコンサルテーション・リェゾン精神医学の実践
サイコオンコロジーにおける課題
- 病名告知の問題
- その有無に伴う患者心理の問題
- 患者はどの程度の検査、治療に耐えられるか?
- がんによる症状性精神障害
- 疼痛、嘔気、嘔吐、食欲低下などの苦痛に対する緩和ケア
- 終末期の医療とケア
- ホスピス
- 子どもと老人のがんの特殊性
- かん患者の家族をめぐる種々の問題
- 医療スタッフと患者、家族とのあいだの心理的関係の問題
- 医師や看護師のストレスおよびその予防、治療、教育
- 精神神経免疫学
外来における集団療法の提供(がん患者、家族、遺族など)
アンチ・キャンサー・リーグ ウェブ上治療コミュニティ
- メンバー:本院緩和ケアを体験された患者さん、およびご家族
- スタッフ:緩和医療チーム編集委員会
- 本院の患者さん同士の連帯感を共有することが目的。
- 隔月アップ
特別企画 | 佐藤さん、乳がんの38年を語る |
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常設企画 | メンバーの声 |
家族の声 | |
ビブリオセラピー向けお勧め本 | |
乳がんサポートグループ報告 | |
手術後ストレス緩和共同研究 | |
ディグニティー・セラピー | |
死についての勉強会 | |
緩和医療チーム関連企画 | |
スタッフの声 |
リジリアンス(resilience)って何?
ある王様がかつて、大きくてきれいで、純粋なダイヤモンドを持っていました。どこにもそれと同じものはなかったので、王様はとてもご満悦でした。
ところが、ある日、ふとしたはすみで、深い傷がついてしまいました。王様は、その国でもっとも腕のいい宝石職人たちを呼び集めて、宝石をもう一度傷のない完璧なものにした者には、多大なる褒美を取らせようと話しました。しかし、誰にもそれはできませんてした。王様がたいそうかっかりしたことはいうまでもありません。ところがしばらくたって、ひとりの天才的な職人が王様の前にあらわれ、傷がつく前よりももっと美しい宝石に変えてさしあげましょうと言いました。王様は、その男の自信に満ちた言葉に心を打たれ、高価な宝石のケアをまかせました。
その男は、約束を見事に果たしました、その巧みの技で、男は、傷のまわりに愛らしいバラのつぼみを彫り上げたのです。
(ジェイコブ・クランツ「ダブナーなストーリーテラー』)
乳がん患者さんのための集団療法
- Spiegel,Bloometal.,1989
- 乳がん転移群を対象
- 1年後、グループ詳は、不安や抑うつが軽減し、現実逃避、恐怖感も薄らいだが、コントロール群は、感情面での症状悪化あり。
- 同時期、痛みは、2:4とグルーブ群の方が軽減。
- 4年後、グループ参加群は平均18ケ月長く生きた。本結果については議論多数。
緩和ケアに関する研究
Chochinov :Dignity Therapy(05)
2001年から03年に刎サで、カナダのウィニペグとオーストラリアのパースにおいて100名の愚者か本研究を遂行。
参加者の91%がDTに満足。瓦%か尊厳の上昇、68%が目的保持感覚の上昇を、67%が無口末感の上昇メ7%が生きる意思の高まりを報告した。そして、81%かDTは家圃ことっても匡助となったであろう、ないしなるであるうと報告した。
介入後では、苦悩の著しい政春印023)と抑うつ症状の改善(恥威が認められた。
(JOIlnon・23S201525.2005)
ディグニティーセラピーの実際
初日:本療法の説明、および質問紙渡し
第3日:録音面接
第5日:生成継承性、文書の朗読、および当事者による訂正、確認。送付。
フォローアップ
DT質問プロトコール
- あなたの人生についてすこし話してもらいたいのですが、特に、あなたが一番憶えていることとか、最も大切だと考えていることは、どんなことでしょう?あなたが一番生き生きしていたと思うのは、いつ頃ですか?
- あなた自身について家族に知っておいてほしいこととか、家族に憶えておいてほしいことが、何か特別にありますか?
- (家族としての役割、職業上の役割、そして地域での役割などで)あなたが人生において果たした役割のうち最も大切なものは、何でしょう? なぜそれはあなたにとって重要なのでしょう?その役割において、あなたは何を成し遂げたのだと思いますか?
- あなたにとって最も重要な達成は、何でしょう?何に一番誇りを感じていますか?
- あなたが愛する人たちに言っておかなければならないと未だに感じていることとか、もう一度言っておきたいことが、ありますか?
- 愛する人たちに対するあなたの希望や夢は、どんなことでしょう?
- あなたが人生から学んだことで、他の人たちに伝えておきたいことは、どんなことですか?
- (息子、娘、夫/妻、両親などに)残しておきたいアドバイスないし導きの言葉は、どんなものでしょう?
- 将来、家族の役に立つように、残しておきたい言葉ないし指示などはありますか?
- この永久記録を作るにあたって、含めておきたいものが他にありますか?
がんの心理教育(がん一般、死、遺族なども含め)
Dancing with Mr. D. 擬人化による死の心理教育
死よ、私はあなたの何を知っているのだろう?あなたは痛みなのか?悲嘆なのか?喪失なのか?取り消せないものなのか?最後的なものなにか?取り返しのつかないものなのか?
第1幕 ミスター・Dはいかに成功してきたのか?
- インタビュアー:
さて、あなたの戦略に関してですが、あなたの味方は何ですか? - ミスター・D:
人間は死んだらおしまいだと固く信じている人間加わしの味方だ。わしの射程距離にある患者は、誰もか死と背中合わせだ。そんな時、死を絶対謨する連中は、患者を早々に見切るわ志しれない、あるいは、喪ってしまった人間か二度と帰らないことをいつまでも嘆き悲しむカ感しれない。だから、死がすべての終結だとする固定観念は、わしの力強い味方になる。よいか?そんな観念に囚われていては、とてもわしにはかなわないぞ!
第2幕 ミスター・Dはいかに失敗していくのか?
- インタビュアー:
日本の仏教徒がよい例です。彼らは、愛する人のことを死後いつまでも憶えておけるように、さまぎまな儀式を生み出しました。お通夜、初七日、四十九日、一周忌、三周忌、七周忌・・・。「命日」などという言葉は、「命の日」と書くわすですから、実に意味深い表現です。欧米では、「アニバーサリー・オブ・デス」、まるでデパートの開店記念みたいですが、それに比べたら、日本の死の文化の豊かさは歴然としています。英語では「故人に属していたもの」としか表現されないものも、日本には「形見」という美しい言葉があります。水子供養だって、そうでしょう。それによって、江戸時代以来どれだけ多くの人々が救われてきたか。ポックリ信仰だって、実に興味深い。つまり日本人の多くは、あなたの基本的戦略に実に巧みに抵抗しているわけです。 - ミスター・D:
誰でも、完全というわけにはいかないからね。あれは、いまいましいと思っているよ。わしのプライドを傷つけるね。死が訪れたら、それで何もかも終わりだと嘆いてくれれば、いいのによ、あんな儀式やらなにやらで、遺族が、「象徴的不死」なるものに、気づきでもしたら、せっくわしが苦労して患者を死なせたのに水の泡じゃないかね、まったく。 - インタビュアー:
「象徴的不死」について具体的に話してもらえませんか? - ミスター・D:
いいよ。そう難しいことじゃない。身体はなくなっても、なんらかのものは残ると信じることだよ。思い出だって、故人のメッセージだって、故人ならこんな場合どう考えるだろうかっていう想像力だっていい、こないだも、息子に死なれて、毎週日曜日に3年も続けて墓参りをしていた老婆と話をする機会かあった。そいつは、孫まで連れて墓参りを続けたんだよ。何が楽しくてそんなに続けられるんだろうね。おまけに、孫はもう成人しているんだが、早くに亡くした父親のことをとてもリアルに、いつでも思い出せるというわけだ。これなんかは、「象徴的不死」と言っていいんじゃないかね?
結論に代えて
新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だと分かっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。
カズオ・イシグロ『私を離さないで』2006
ヘツキとウィンスレイド(2004/05)「人生のリ・メンバリング」
- おそらくは死に瀕したという個人的経験のために、そしておそらくは専門職としての関与のために、私は、死がおしまいだと提案する考えに疑いをもっていた。(LH)
- 死とその友である悲嘆は、私の人生にも何度となく訪れた。もっとも強烈だったのは、22年ほど前の、5ヶ月の娘ジュリアの死である。(JW)