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甲状腺がん

甲状腺がんとは

甲状腺は、前頸部の下方に位置し、甲状腺ホルモンを分泌する器官です。このホルモンは、体内のさまざまな器官や組織の活動を調節する重要な役割を果たしています。ただし、甲状腺がんの存在によってホルモンの分泌異常をきたすことは稀です。

甲状腺は右葉、左葉、峡部から構成されます。また、声帯を含む喉頭、気管、食道や副甲状腺(上皮小体とも呼ばれるカルシウム調節の内分泌臓器です)などの重要臓器に隣接し、その両外側には総頸動脈、内頸静脈、迷走神経も存在します。そのため、甲状腺癌は進行するとこれらの臓器へ浸潤し、さまざまな症状が引き起されます。

甲状腺がんは組織学的に大別され、進行が緩徐な分化癌、遺伝性の要素を含む場合のある髄様癌、そして急速に病勢進行する未分化癌があります。分化癌には乳頭癌と濾胞癌が含まれ、その多くが乳頭癌です。甲状腺がんは特に女性に多く見られ、発症リスク要因として放射線被曝、体重増加、遺伝子異常などが挙げられます。

症状

甲状腺癌の自覚症状としては、頸部にしこりを感じることが多く、声がれや血痰を初発症状とする場合もあります。無症状で、検診やが画像検査で偶然に発見される場合も少なくありません。

甲状腺未分化癌は数日から数週間で急速増大する為、疼痛、嚥下困難や呼吸困難といった症状が出現します。診断後の平均生存期3~6ヶ月程度と非常に予後が悪く、積極的治療を行うか否かにかかわらず、診断時点から疼痛や呼吸困難の軽減を中心とした緩和医療介入による支持療法が重要となります。緊急気管切開を含む気道管理や緊急入院での対応が必要となる事もあります。

診断

甲状腺癌を含む甲状腺結節の診断では、触診や超音波検査、血液検査の後に、必要に応じて細い針による腫瘍細胞採取(細胞診)などの侵襲的検査が実施されます。呼吸困難の発症や窒息のリスク評価の為に、内視鏡で声帯運動評価や咽喉頭粘膜への浸潤も確認します。周囲臓器への浸潤、肺や骨などへの遠隔転移の確認にはさまざまな画像検査(CT、MRIやFDG-PET/CT等)を使用します。さらに食道への浸潤が疑われる場合は上部消化管内視鏡検査も追加します。その他に、髄様癌が疑われた場合はRET遺伝学的検査を提案します。また、悪性リンパ腫や未分化癌などが疑われた場合は細胞診による診断が困難な場合も多いことから、全身麻酔または局所麻酔下での組織採取(組織診)が望ましとされています。

病期

他の悪性腫瘍と同様に、治療前にTNM分類に基づき臨床病期を決定します。甲状腺癌に対するUICC第8版のTNM分類は、組織型により3つに分かれます。分化癌(乳頭癌と濾胞癌)は、55才という年齢で大きく分けられます。55才未満の分化癌において、遠隔転移が無ければ全てI期で、遠隔転移が有るとII期となり、III期やIV期は存在しません。未分化癌は、全てIV期に分類される事が特徴的です。

TNM分類(UICC第8版)甲状腺癌

TX原発腫瘍の評価が不可能
T0原発腫瘍を認めない
T1甲状腺に限局し最大径が2cm以下の腫瘍
T1a 甲状腺に限局し最大径が1cm以下の腫瘍
T1b 甲状腺に限局し最大径が1cmをこえるが2cm以下の腫瘍
T2甲状腺に限局し最大径が2cmをこえるが4cm以下の腫瘍
T3甲状腺に限局し最大径が4cmをこえる腫瘍、また前頸筋群(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、または肩甲舌骨筋)にのみ浸潤する甲状腺外進展が確認できる腫瘍
T3a 甲状腺に限局し、最大径が4cmをこえる腫瘍
T3b 大きさに関係なく、前頸筋群(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、または肩甲舌骨筋)に浸潤する腫瘍
T4a甲状腺の皮膜をこえて進展し、皮下軟部組織、喉頭、気管、食道、反回神経のいずれかに浸潤する腫瘍
T4b椎前筋膜、縦隔内の血管に浸潤する腫瘍、または頸動脈を全周性に取り囲む腫瘍

N分類

NX領域リンパ節の評価が不可能
N0領域リンパ節転移なし
N1領域リンパ節転移あり
N1aレベルⅥ(気管前および気管傍リンパ節、喉頭前/Delphianリンパ節)、または上縦隔リンパ節への転移
N2bその他の同側頸部リンパ節、両側または対側の頸部リンパ節(レベルⅠ, Ⅱ, Ⅲ, Ⅳ, Ⅴ)または咽頭後リンパ節への転移

55歳未満の乳頭癌および濾胞癌 

Ⅰ期Tに関係なくNに関係なくM0
Ⅱ期Tに関係なくNに関係なくM1

55歳以上の乳頭癌および濾胞癌

Ⅰ期T1a, T1b, T2N0M0
Ⅱ期T3N0M0
 T1, T2, T3N1M0
Ⅲ期T4aNに関係なくM0
ⅣA期T4bNに関係なくM0
ⅣB期Tに関係なくNに関係なくM1

髄様癌

Ⅰ期T1a, T1bN0M0
Ⅱ期T2, T3N0M0
Ⅲ期T1, T2, T3N1aM0
ⅣA期T1, T2, T3N1bM0
T4aNに関係なくM0
ⅣB期T4bNに関係なくM0
ⅣC期Tに関係なくNに関係なくM1

未分化癌

ⅣA期T1, T2, T3aN0M0
ⅣB期T1, T2, T3aN1M0
ⅣB期T3b, T4a, T4bN0, N1M0
ⅣC期Tに関係なくNに関係なくM1

治療


原則、手術治療が第一選択です。しかし、最近では成人で超低リスク乳頭癌(甲状腺腫瘍の大きさが1cm以下で甲状腺以外への転移がない場合)に限っては、積極的経過観察が推奨されています。

手術治療

甲状腺分化癌に対する手術治療は、全身麻酔が可能な大多数の患者において、根治を目的として行われます。甲状腺への術式には、甲状腺全摘術と、葉切除を代表とする部分的な切除術があります。術式は病期やその他の要因(リスク分類)に基づき、インフォームドコンセントを経て決定されます。頸部リンパ節の制御を目的とする頸部郭清術の範囲は、CTや超音波検査の所見をもとに決定されます。リンパ節転移が広範囲へ進行症例では必要に応じて胸骨切開を伴う上縦隔郭清が行われることもあります。

手術では、喉頭、気管、食道、反回神経などの周囲臓器を極力温存し、嚥下や発声などの機能を保つことを目指します。術中神経モニタリングを使用し神経温存に細心の注意を払います。また、カルシウムを調整する副甲状腺についても、移植を含む機能温存の措置が取られます。分化癌では、遠隔転移がある場合でも、甲状腺全摘術などの頸部手術が行われることがあります。これは、遠隔転移病変の制御を目指し、放射線ヨウ素(RAI)内用療法などの放射線治療が併用されることもあるからです。一方、甲状腺未分化癌に対する手術治療は、急速な進行による遠隔転移や大血管への浸潤、または臓器温存の困難さから、手術適応外となることも多いです。

薬物療法

甲状腺癌に対する薬物療法は、分子標的薬(MKI、BRAF/MEK阻害薬、RET阻害剤、TRK阻害剤)が保険適用となります。分子標的薬の適応は、分化癌や未分化癌で切除不能な進行した症例です。放射線治療の適応も含めて治療方針を検討します。治療の遅延が問題とならない場合は、特定の遺伝子異常に紐づいた治療薬の適応を判断するための遺伝子診断(コンパニオン診断)が推奨されます。その結果にしたがってより有効性が期待される分子標的薬の選択が可能となります。それぞれの分子標的薬は、特徴的な頻度の有害事象があり、腫瘍内科医とともに適応を検討します。

放射線ヨウ素(RAI)内用療法

内用療法(内照射)とは体内に投与(静注や経口)した放射性同意元素(アイソトープ)やこれを組み込んだ薬剤を用いた放射線治療のことです。

RAI内用療法は治療の目的により大きく3つに分類されます。残存腫瘍がないと考えられる患者における正常濾胞除去を目的としたものが「アブレーション」、微小病変が残存する可能性のある患者における癌細胞の破壊を目的としたものが「補助治療」、肉眼的残存腫瘍や遠隔転移の存在する患者における癌細胞の破壊を目的としたものが「治療」とされています。どれが最適であるかは状況によって医師が判断いたします。指定された施設でのみ実施することが可能です。

放射線治療(外照射)

通常の放射線治療で、外部の線源から放射される放射線を用いた治療です。甲状腺がんに対しては効果も適応も限定的です。腫瘍縮小や症状緩和を効果の目的とし、単発または少数の骨転移、肺転移、脳転移や手術不能な病変への局所療法として行われます。その他の治療と組み合わせて実施されることがあります。


当院では、頭頸部外科・放射線治療部(放射線治療を共に担当するグループ)・薬物療法部(薬物での治療を共に担当するグループ)でのカンファレンスを行い、最適な治療を検討して方針を決定します。

引用文献

  1. 甲状腺腫瘍診療ガイドライン22024.日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌.2024.4.25 第41巻増刊号
  2. TNM悪性腫瘍の分類 第8版 日本語版 金原出版、2017年