腎細胞がん
腎細胞がんとは
腎臓は、みぞおちの高さの背中側に背骨をはさんで左右一対ある臓器で、ソラマメのような形をした長さ10cm、幅5cm、厚さ3cm程度の大きさの臓器です。主な働きは、血液をろ過して尿を作り、体の水分量の調節や不要な物質の排泄をすることで、他に、血圧のコントロールや赤血球を作ることに関するホルモンの産生なども行っています。
腎臓には、液体のたまった腫瘤(嚢胞状腫瘤)と細胞の詰まった腫瘤(充実性腫瘤)が発生します。腎臓の嚢胞状腫瘤は超音波(エコー)検査でよく発見され、腎臓では最も多くみられる腫瘤ですが、その大部分は腎嚢胞と呼ばれる良性の腫瘤で、特殊な例を除けばがんとは特に関係ありません。腎臓の充実性腫瘤には、腎細胞がんや小児に発生するウイルムス腫瘍、稀にみられる腎肉腫などの悪性腫瘍と、腎血管筋脂肪腫、オンコサイトーマなどの良性腫瘍があります。腎臓の充実性腫瘤の中で最も多くみられるのが腎細胞がん(いわゆる腎がん)で、以下では、この腎がんについて詳しく述べます。
腎がんは、全国がん登録(2017年)では、男性で10万辺り17.8名、女性で6.6名と報告されています。がんの中では非常にゆっくりと大きくなるタイプが多いのですが、急速な悪化を示すタイプもみられます。静脈の中に腫瘍が広がる(腫瘍塞栓)傾向があり、他の臓器への転移を生じ易いがんです。転移は肺、骨、肝臓、脳、リンパ節に多くみられます。化学療法(抗がん剤治療)が効きにくいのも特徴の1つで、以前はインターフェロン、インターロイキン2などを用いた免疫治療がよく行なわれていました。その後、分子標的薬(スニチニブ、パゾパニブなど)の効果が確認され、現在でも使用されています。また、免疫の活性を誘発する薬であるPD-1経路阻害剤が、2016年に進行性腎がんにおいて保険診療内で使用が可能になりました。
現在では、分子標的薬とPD-1経路阻害剤との併用や、PD-1とCTLA-4阻害剤の併用療法などが未治療進行性腎がんの標準治療となっています。
症状
以前は、目に見える血尿や側腹部の腫れ、側腹部の痛みなどの局所の症状や、原因のはっきりしない発熱、体重減少などの全身症状を契機として発見されることが多くみられました。しかし最近は、超音波検査やCT検査などが普及したことにより、健康診断や他の病気で検査を受けた際に偶然発見される、症状のない小さな(例えば直径3cm以下の)腎がんが増加しています。
診断
超音波(エコー)検査
放射線被爆がなく簡単に受けられ、腎腫瘍の発見には有用な検査です。がんかどうかの質的診断には困難な場合もありますが、腎嚢胞や腎血管筋脂肪腫などの良性疾患の鑑別にも威力を発揮します。
CT検査
腎臓に腫瘤が疑われる場合、造影剤を使用したCTが最も診断力のある検査です。画像診断で腎がんであるとの診断が可能なだけでなく、他臓器への転移の有無、リンパ節転移の有無や静脈内の腫瘍塞栓の有無などが診断できます。腎がんで一番頻度の高い淡明細胞がんは、腫瘍が不均一で、造影剤検査早期で濃染され、後期で早く造影剤が抜けることが特徴です。腫瘍が均一である場合、他の組織を有した腫瘍であることが多いため、慎重な診断が必要です。
一般的に、脂肪を含んだ腫瘍は、良性腫瘍であることが多いですが、脂肪を含んだ腎がん、脂肪肉腫などの可能性もあります。また、反対に脂肪成分の少ない、血管筋脂肪腫は、腎がんとの鑑別が難しい印象です。またアジア人では頻度は少ないですが、良性腫瘍のオンコサイトーマは、画像では腎がんとの鑑別が困難であるとされているため、腎生検なども念頭に置く必要があります。
MRI検査
CTの補助的に、局所の進行を評価するために施行することがあります。脂肪抑制にて撮影することにより、血管筋脂肪腫の脂肪成分が抑制され、血管筋脂肪腫であることを示唆する所見が得られることもあります。
骨シンチグラフィー
骨転移の有無をみるために施行されます。転移のみでなく、骨折や変形性脊椎症などの良性疾患でも異常を示す検査ですので注意が必要です。
PET-CT
全身転移の有無、骨シンチでは同定しにくい、転移を評価するために施行されることもあります。
腎生検
本邦において、腎腫瘤に関して、ほとんどの症例が、放射線画像のみで診断され、がんが否定できない場合、腎腫瘤生検を行って手術前に組織診断を行うことなく、手術(腎全摘除、腎部分切除)が施行されているのが実情です。しかし、当院の集計においても、手術療法が施行された症例の13%に良性腫瘍が存在し、特に2cm以下では20%以上の良性腫瘍が存在します。この現状は、現時点での放射線診断の限界を示しており、手術前の評価が必要であることを示しています。手術前に、良性腫瘍が疑われる方には腎腫瘤生検を積極的に行っています。
病期(がんの進行状況)
腎がんの病期は、1)T:局所でのがんの進展段階、2)N:近くのリンパ節への転移の有無と程度、3)M:他の臓器への転移の有無の3つの観点を総合して、4)病期を4段階に分類しています。
1)T-原発腫瘍
- T1:最大径が7cm以下で腎に限局する腫瘍
- T1a 最大径が4cm以下で、腎に限局する腫瘍
- T1b 最大径が4cmを超えるが7cm以下で、腎に限局する腫瘍
- T2:最大径が7cmを超え、腎臓にとどまる
- T2a 最大径が7cmを超えるが10cm以下で、腎に限局する腫瘍
- T2b 最大径が10cm以上で、腎に限局する腫瘍
- T3:腫瘍は主静脈内に進展、または副腎に浸潤、または腎周囲組織に浸潤するがGerota筋膜(*)をこえない
- T3a 肉眼的に腎静脈に進展する、または腎周囲組織に広がるが、骨筋膜を超えない
- T3b 腫瘍は肉眼的に横隔膜下までの下大静脈内に進展する
- T3c 腫瘍は肉眼的に横隔膜をこえる下大静脈内に進展する
- T4:腫瘍はGerota筋膜(*)をこえて浸潤する
(*)Gerota筋膜とは腎臓・副腎とその周囲脂肪をあわせて包む腎臓周囲の膜です。
2)N-所属リンパ節転移
- N0:所属リンパ節転移なし
- N1:1個の所属リンパ節転移
3)M-遠隔転移
- M0:遠隔転移なし
- M1:遠隔転移あり
4)病期分類
Ⅰ期 | 腫瘍の大きさは7cm以下で腎臓に限局し、リンパ節転移や他臓器への転移を認めない(T1、N0、M0) |
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Ⅱ期 | 腫瘍の大きさは7cmをこえるが腎臓に限局し、リンパ節転移や他臓器への転移を認めない(T2、N0、M0) |
Ⅲ期 | 腫瘍は腎臓に限局し、他臓器への転移を認めないが、所属リンパ節を1個認める(T1-2、N1、M0) 腫瘍は主静脈内に進展、または副腎・腎周囲組織に浸潤するがGerota筋膜をこえず、リンパ節転移は認めないか所属リンパ節転移1個で、他臓器への転移を認めない(T3、N0-1、M0) |
Ⅳ期 | 腫瘍がGerota筋膜をこえて浸潤する(T4、Nに関係なく、M0)か、他臓器への転移がある(Tに関係なく、Nに関係なく、M1) |
治療
手術
転移のない腎がんの治療法の第一選択が手術です。手術により腫瘍が摘出できる場合は治癒も期待できます。
腎がんに対する手術法としては、副腎や周囲の脂肪組織も含めてGerota筋膜ごと腎を摘出する方法(根治的腎摘除術)が一般的でした。しかし、最近、小さな腎がんや、多発性の腎がん、反対側の腎臓の働きが悪い腎がんに対しては、悪い方の腎臓の正常部分を一部温存する方法(腎部分切除術)が積極的に施行されています。腎臓の機能を温存する方が、心臓血管系のトラブルの頻度が下がり、最終的に長生きができると考えられるためです。特に、小さい腎がんとされる直径7cm以下であれば、腎部分切除が考慮されてもよいと思われます。
従来は腹部を切って腎臓を摘除(開腹)していましたが、現在は、腹腔鏡手術やロボット支援下手術が広く普及しています。
放射線治療
腎がんの治療の標準的な治療は手術ですが、手術が困難な場合もあります。これまで腎がんには放射線治療が効きにくいと考えられてきましたが、回数を少なくして1回に投与する線量を増やすことで効果があることがわかってきました(定位放射線治療)。限局していても手術ができない方には、選択肢の一つになります。
転移巣に対しては、症状を緩和させる効果が期待できます。おもに骨、脳転移などに対して放射線治療が行われます。
分子標的薬
腎がんは腫瘍の血管が豊富であることが特徴であり、この腫瘍血管を抑える薬剤が数多く開発されています(ソラフェニブ、スニチニブ、パゾパニブ、アキシチニブ、カボザンチニブ、レンバチニブ)。副作用として出血、手足の皮膚障害、血圧上昇、貧血、血小板の減少などがあります。また、mTOR経路を阻害剤する分子標的薬も使われることがあります。
免疫療法(PD-1経路阻害剤)
PD-1経路阻害剤は、免疫の活性を誘発する薬であり、新規免疫治療薬immuno-oncology drug(I-O drug)とも言われています。その中で、ニボルマブ:オプジーボRが、進行性腎がんに保険診療内で使用が可能になりました。その後、I-O drugの併用(イピリムマブ:ヤーボイR+ニボルマブ:オプジーボR)、I-O drugと分子標的剤の併用(ペムブロリズマブ:キイトルーダR+アキシチニブ:インライタR、アベルマブ:バベンチオR+アキシチニブ:インライタR、ニボルマブ:オプジーボR+カボザンチニブ:カボメティクスR、ペムブロリズマブ:キイトルーダR+レンバチニブ:レンビマR)が、病期に応じて使用可能になっています。また最近では術後の再発予防にもペムブロリズマブの使用が可能となっています。
焼灼療法、凍結療法
近年、小さな腎癌に対して、ラジオ波熱凝固術、凍結手術などが行われています。
合併症で手術が困難な方、手術を希望されない方が適応になり、凍結手術は保険適用で施行できる治療となっています。また2022年9月から、小径腎がんに対するラジオ波熱凝固術も保険適用となっています。転移巣(肺、副腎、骨)などに対するラジオ波熱凝固術、凍結手術は、保険適用外治療です。
経過観察
早期の腎がんの進行は一般的にゆっくりであるために、高齢である方、他の疾患をお持ちの方、手術や放射線治療が合併症のためにできない方、もしくは積極的に治療を希望しない方には、経過観察を行うことがあります。
治療成績と予後
全体の5年生存率は70%前後、病期Ⅰ期であれば5年生存率は90%前後と報告されています。病期Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ期の5年生存率は、70%前後、50%前後、20%前後といわれています。新たな薬剤開発が進んでおり、今後の治療成績の向上が期待されています。