当センターについて

上顎洞がん

上顎洞がんとは

上顎洞は、頬の裏にあり副鼻腔(鼻腔に隣接した骨内に作られる空洞)の一種で、上顎骨と頬骨によって形成され、顔面を構成する重要な部分です。解剖学的には脳・眼球が近く、また鼻腔と口腔との境界を形成しているため、噛んだり喋ったりに不可欠です。咀嚼筋と呼ばれる4つの筋肉が、上顎骨と下顎骨をつないで、口を開けたり閉めたりする運動を担っています。そのため上顎洞がんや、がん治療(手術・放射線治療)の影響で、これらの筋肉が障害され、口が開きにくくなることがあります。 

上顎洞がんはがん全体の0.5%(頭頸部がんの約3%)です。組織型は80%が扁平上皮がんですが、その他、腺様嚢胞がん(小唾液腺由来のがん)が約5%、悪性黒色腫が約2%と多彩です。 

上顎洞がんの症状

特徴として、上顎洞は周囲を骨で覆われているため、がんの進行によって症状が出現するまでは発見されにくい傾向があります。そのため、診断時には多くが進行した段階となっています。一般的な症状として、鼻出血・鼻汁、鼻閉等が出現することがあります。また頬部の痺れや痛み、眼の動かしにくさ、ものが重なって見える複視と呼ばれる症状、開口障害、口の中に腫瘍が飛び出ているようなことがあります。

上顎洞がんの検査・診断

組織の一部を採取して調べる組織生検による診断と、腫瘍の発生や進展範囲の特定のための画像検査が必須です。 

組織採取は、鼻の中や口の中に腫瘍が進展している場合はそこから行いますが、困難な場合には、全身麻酔下に上顎洞の一部を試験的に開いて組織生検を行うこともあります。 

画像検査はがんと周囲の組織への浸潤がないか調べるために、CT検査、MRI検査を行います。また、頸部リンパ節への転移の有無や他臓器への転移の有無を調べるためにPET検査を行います。

上顎洞がんの病期

がんの進行状態を分類するためにTNM分類を用いています。Tとは原発腫瘍の進行具合を示す因子、Nは頸部リンパ節への転移の状態を示す因子、Mは遠隔転移を示す因子です。これらの因子でがんの進行度合い(ステージ)を決定します。 

特徴としてT1、T2病変は主に上顎洞・副鼻腔領域に限局しています。T3、T4病変は周囲組織への浸潤を伴っています。リンパ節転移は原発腫瘍が進行するにしたがって増加します。リンパ節の転移部位は主にあごの下・頸部上方の領域が多くなっています。遠隔転移が初診時からみられることは稀ですが、部位としては肺・肝臓・骨組織が多く、PET検査にて調べます。 

TNM臨床分類(上顎)

​T-原発腫瘍

Tis上皮内癌
T1上顎洞粘膜に限局する腫瘍、骨吸収または骨破壊を認めない
T2骨吸収または骨破壊のある腫瘍、硬口蓋および/または中鼻道に進展する腫瘍を含むが、上顎洞後壁および翼状突起に進展する腫瘍を除く
T3上顎洞後壁の骨、皮下組織、眼窩底または眼窩内側壁、翼突窩、篩骨洞のいずれかに浸潤する腫瘍
T4a眼窩内容前部、頬部皮膚、翼状突起、側頭下窩、篩板、蝶形洞、前頭洞のいずれかに浸潤する腫瘍
T4b眼窩尖端、硬膜、脳、中頭蓋窩、三叉神経第二枝以外の脳神経、上咽頭、斜台のいずれかに浸潤する腫瘍

​N-領域リンパ節

N0領域リンパ節転移なし
N1同側の単発性リンパ節転移で最大径が3cm以下かつ節外浸潤なし
N2a同側の単発性リンパ節転移で最大径が3cmをこえるが6cm以下かつ節外浸潤なし
N2b同側の多発性リンパ節転移で最大径が6cm以下かつ節外浸潤なし
N2c両側または対側のリンパ節転移で最大径が6cm以下かつ節外浸潤なし
N3a最大径が6cmをこえるリンパ節転移で節外浸潤なし
N3b単発性または多発性リンパ節転移で臨床的節外浸潤あり

M-遠隔転移

M0遠隔転移なし
M1遠隔転移あり

病期分類(上顎洞)

0期Tis N0 M0
Ⅰ期T1 N0 M0
Ⅱ期T2 N0 M0
Ⅲ期T3 N0 M0、T1-3 N1 M0
ⅣA期T1-3 N2 M0、T4a N0-2 M0
ⅣB期T4b Nany M0、Tany N3 M0
ⅣC期Tany Nany M1
0期Tis N0 M0
Ⅰ期T1-2 N0-1 M0
Ⅱ期T1-2 N2 M0、T3 N0-2 M0
Ⅲ期T1-3 N3 M0、T4 Nany M0
Ⅳ期Tany Nany M1

上顎洞がんの治療

治療に際して、機能面と同時に整容面にも配慮する必要があり、手術治療を基本として、放射線治療や抗がん剤などを使用した化学療法を組み合わせた集学的治療を行っています。手術は、がんの占拠部位に応じて術式の適応が決まってきます。手術治療は根治性が高く、確実な方法ですが、機能的な側面から再建手術(組織移植により手術で欠損した部位を作り直す手術)やエピテーゼ(手術で欠損した部位と機能を補う人工物)の使用が必要となってきます。また、進行期や再発リスクの高い症例では、術後に放射線治療や抗がん剤を併用した化学放射線療法が必要となることもあります。 

腫瘍の進展や、患者さんの状態によって手術治療が困難な場合は、(化学療法を併用した)放射線治療が選択されることもあります。また症例は限られますが、選択的動注化学療放射線療法(腫瘍の中を流れる主な動脈のなかに直接抗がん剤を注入する治療)や、粒子線治療(放射線治療法の中のひとつ)といった新たな治療法もあります。 

当院では、頭頸部外科・放射線治療部(放射線治療を共に担当するグループ)・薬物療法部(薬物での治療を共に担当するグループ)でのカンファレンスを行い、最適な治療を検討して方針を決定します。 

手術治療

がんの占居部位によって、術式としては上顎部分切除、上顎全摘出、上顎拡大全摘出、頭蓋底手術に分類されます。

術式

  1. 上顎部分切除
    上顎歯肉部など、上顎骨の一部分を切除します。​
  2. 上顎全摘
    上顎歯肉部・頬骨とこれに付着する筋群を鼻腔内容物とともに切除します。​
  3. 拡大上顎全摘
    上顎洞がんが眼窩内に進展している場合に、眼窩内組織を上顎洞がんとともに摘出する術式です。
  4. 頭蓋底手術
    がんが頭蓋骨を構成している骨に浸潤している場合には、これらの骨を除去して硬膜を露出させます。硬膜に浸潤がある場合には、その部分を合併切除します。 
    原発巣切除に際し、がんの取り残しを防ぐために切除マージン(安全域)の確保に努めています、十分な安全域を確保できる部位では、直接目でみて腫瘍から10mmの安全域を設定して粘膜・骨・組織の切除を行います。ただし進行がんでは解剖学的に十分な安全域の確保が困難な場合もあり、そのような場合には術後放射線治療の適応となります。(放射線治療の項に後述) 

術後は整容面、口の中の一部の欠損による構音・嚥下機能の低下が問題となります。そのため、口蓋、上顎の欠損に対しては、口と鼻との間を遮断するためエピテーゼを使用する場合と、再建手術により欠損部を閉鎖する場合があります。再建手術は主に腹直筋皮弁(お腹の筋肉を使用した皮弁)や前外側大腿皮弁(ふとももの組織を使用した皮弁)を用いた遊離皮弁が 1. では必要に応じて、2. から 4. ではほぼ全例に適応となります。当院では形成外科部がこの再建治療を主に担当します。そのため、事前のカンファレンスを綿密に行い、術前・術後も共に診療を行っていきます。 

放射線治療

放射線治療は、大きく分けると、手術の後の追加治療を目的とした術後照射と、手術不能例に対する根治照射があります。 

術後照射として、約6週間の放射線治療が一般的です。再発のリスクが高い症例では抗がん剤を併用した化学放射線療法が推奨されます。

切除不能例、患者の状況から手術が困難な場合、根治治療を目的として約7週間の放射線治療を行います。この場合、抗がん剤を併用した化学放射線療法が行われます。 

放射線治療の合併症としては、眼球が近いことによる視力の低下や目の炎症、脳が近いことによる脳の炎症などの危険性があります。この合併症のリスクを減らすため、強度変調放射線治療(IMRT)という照射法を用いて、照射の形状を変化させ腫瘍の形に適した放射線治療を行うことも増えています。 

また2018年から手術による根治的な治療が困難な症例、特に頭頚部の非扁平上皮がん(小唾液腺がん、悪性黒色腫など)に対して粒子線(陽子線や炭素イオン)を用いた治療が適応となりました。深部の正常組織への線量は低いまま腫瘍へ高線量を照射可能となることが特徴です。良好な局所制御率が報告される一方で、放射線性壊死などの有害事象も報告されており、適応を見極めて治療選択する必要があります。 

引用文献

  1. 頭頸部癌診療ガイドライン2022年版、日本頭頚部癌学会編者、金原出版、2022年
  2. 頭頸部がん マスターガイド -患者さんと向き合う治療、患者さんと向き合う看護のためのアプローチ- 2021年版、青山寿昭、花井信広編著、MCメディカル出版、2021年
  3. Zenda et al. Int J Clin Oncol. 2015 Jun;20(3):447-54.
  4. Hoppe BS et al.Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2007;67(3):691.