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脳腫瘍

原発性脳腫瘍とは

一般的に脳腫瘍と表現した場合、頭蓋内あるいはやや範囲を拡大して脊柱管内に発生した腫瘍を総称して用いられています。原発性脳腫瘍は脳細胞だけでなく、硬膜、クモ膜、頭蓋内の血管や末梢神経、その他のあらゆる組織から発生するもので、組織学的には多種多様に分類され、2016年に国際保健機構(WHO)から改訂発表された分類では、脳腫瘍の種類は良性、悪性を取り混ぜて実に140種類にも上っています。一方、体の他の部位にできたがんが脳転移してきた場合を転移性脳腫瘍といいます。日本脳腫瘍全国統計委員会の資料によれば、原発性脳腫瘍の発生頻度は10万人あたり11-12人と報告されており、日本圏内では年間1万3千人から1万4千人程度と考えられます。好発年令は腫瘍により異なりますが全脳腫瘍平均では50歳代がピークとなっています。脳腫瘍の種類と頻度では、神経膠腫が全脳腫瘍の約1/3で第1位を占め、第2位には髄膜種、第3位には下垂体腺腫、第4位には神経鞘腫と続きます。本邦ではこのほかに特に発生頻度の高い腫瘍として頭蓋咽頭腫、胚細胞腫が挙げられます。また、近年増加傾向が特記される腫瘍としては、頭蓋内原発悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍等が注目されています。また小児期に発生する小児がんとしては、脳腫瘍は白血病に次いで発生頻度は高く、小児がんの約2割を占め、特に頭蓋咽頭腫、胚細胞腫、髄芽腫等が多いとされます。脳腫瘍の治療法と予後は、腫瘍の種類や浸潤性の有無や大きさや部位や治療に対する反応性によって異なりますが、近年の脳神経外科の診断技術や手術手技の向上により、予後は以前と比べて全般に良好となりつつあります。日常診療で比較的遭遇する頻度が高い脳腫瘍でも、その治療法の現状として、1)外科的治療あるいは定位放射線治療の局所治療のみによって長期生存や寛解が得られる腫瘍と、2)外科的治療に加えて放射線療法、化学療法などの補助療法を必要とする腫瘍があります。

症状

症状は、その発生する腫瘍の場所や性質により様々です。一般的に、脳腫瘍が発生し大きくなりますと、小さな頭蓋骨の中の空間に存在する脳を徐々に圧迫してくるため脳圧が上昇し始めます。脳圧亢進症状を呈した場合の臨床症状としては、頭痛・嘔気・嘔吐が3兆候といわれています。特に朝方に発生する頭痛が日増しに増強して、一旦嘔吐するとしばらくは楽になる症状などは、早めに受診することをお勧めします。

ある特有の症状を呈した場合には、それだけで脳腫瘍の発生部位や性質を類推することもできます。発生する脳腫瘍の部位により、その臨床症状は多彩ですが、痙攣発作、失神発作、手足の運動麻痺、知覚障害、聴力障害、視野障害、顔面神経麻痺、記憶力や判断力の障害、言語障害、傾眠傾向、小脳失調障害、めまいなどがあります。人格・性格の変化や判断力の低下等が初期症状のこともあります。最近話の内容の辻褄が合わないとか、いらいらして怒りっぽくなったとか、先程話した内容をすぐに忘れてしまうなどの、あたかも痴呆症の症状のような変化が脳腫瘍の症状としても見られることもあります。

ホルモンバランスに影響する脳腫瘍もあり、この場合には全身に変化が現れます。例えば、不妊症、女性化乳房、乳汁分泌、無月経、インポテンツなどや、顔つきが長くなり唇が肉厚になったり、まんまるな満月様顔貌になったり、僅かな間に顔つきや体つきが変わる原因として脳腫瘍が潜んでいることもあります。

診断

近年の診断医療機器の進歩に伴い、脳腫瘍の診断は迅速、安全かつ的確に行えるようになってきました。CT(Computed Tomography)や核磁気共鳴画像(MRI: Magnetic Resonance Imaging)は、無侵襲にて1mm程度の微少脳疾患を的確に描出する精度を備えています。その他に、脳のエネルギー代謝を計測するPET(Positron Emission Tomography)や局所脳血流を計測するSPECT(Single photon Emission CT)、脳の生理的機能を計測する脳磁図MEG(Magnetoenchephalography)、脳血管撮影、脳波、超音波検査などがあります。これらの検査を駆使することにより、患者さんにあまり負担をかけずに、脳の内部を解析でき、脳腫瘍の種類や性質までもほぼ的確に推定する事ができるようになってきています。

病期(ステージ)

脳腫瘍には基本的には病期(Stage)と言う概念は存在しません。また、臨床上の神経症状と脳腫瘍の程度は相関しないことが多くあります。まだ症状が軽いからとか先週まで元気だったからといっても、実は進行が早い悪性腫瘍に侵されていれば、未治療のままでは1ヶ月もしないうちに命を落とすこともあります。意識障害や傾眠傾向が出現すれば、これは悪性・良性に拘わらず、緊急処置が必要となります。放置すれば、脳ヘルニアを併発して瞬く間に呼吸停止に陥ることもあります。脳腫瘍は進行性の病気ですから、頭痛、嘔気、嘔吐などの一連の症状が徐々に進んでいる場合には、精密検査を早く受けることをお勧めします。他の病気と同様、早期発見すれば治療もそれほど難しくなかったものが、放置したために、良性腫瘍でも手遅れになってしまったり、治療後重篤な合併症を後遺症として残したりしたこともあります。

治療

治療法は各種検査によって診断された腫瘍の場所や性質によって大きく異なります。基本的には手術にて組織の一部を摘出し、その腫瘍が良性であれば、手術にて全部摘出することが基本的な治療方法です。最近ではガンマナイフやサイバーナイフと呼ばれる定位放射線治療により手術せずに治療する方法もありますが、嚢胞を形成する腫瘍や直径3cm以上の腫瘍、脳内に多発散在する腫瘍などに対しては利用できません。また良性腫瘍でも周辺に大切な血管や神経が存在する部分では腫瘍を全部摘出することが出来ずに、一部残る場合があり、この際には、再発したり悪性に変化したりすることもあります。一方、悪性の脳腫瘍の場合は、手術で出来る限り摘出することはその後の生命予後の延長に重要ですが、全て摘出できてもその後の補助療法は必須です。基本的には放射線治療に化学療法、免疫療法を併用した集学的治療を施行しており、有意な生命予後の延長が確認されております。しかし、これら治療で完治する悪性脳腫瘍はまだごく一部の腫瘍に限られており(胚芽腫、髄芽腫など)、その他の悪性脳腫瘍はほぼ1-2年程度の平均余命しか得られておりません。

各種治療法の特徴

1)手術療法

脳外科の手術療法の特徴は顕微鏡を用いた手術(マイクロサージェリー)であることです。微細な血管や神経を保存しながら、脳に隠された病変を丁寧に摘出します。また、医療機器の進歩は目覚ましいものがあり、最近では、ナビゲーションシステムや電気生理学的モニタリングなどの手術支援システムや神経内視鏡などの手術機器の導入・普及により、より安全で確実性の高い手術が行えるようになってきています。脳外科に用いる機器は特殊であり、手術手技も熟練を要し、手術時間は他の外科の手術と比較して一般的に長くなりますが、日々、進歩は続いています。脳は一旦摘出すると、その部分に存在した神経機能は二度と再び回復することはありません。そのため、脳外科手術による摘出部分は必要最小限に留めることが基本です。浸潤性に拡がる悪性腫瘍の場合、手術による絶対治癒はほぼ不可能であり、常に残存した腫瘍に対する補助療法を考慮しなくてはなりません。

2)化学療法

他の臓器のがんに対しての化学療法では、最近ではがん細胞の表面にあるたんぱく質や遺伝子をターゲットとして攻撃し、がん細胞の増殖を抑える分子標的薬という分野の治療薬の発展が目まぐるしいのですが、脳に用いられる抗がん剤はごく一部のものに限られています。これは、脳の血管には血液脳関門(blood brain barrier: BBB)といって、ある程度の大きさ以上の物質は通らないように保護されているからです。したがって、分子量の小さなアルキル化剤やニトロソウレア系抗がん剤などが主に使用されています。

神経膠腫に対する標準的化学療法剤としてはアルキル化剤であるテモゾロミド(商品名:テモダール)があり、投与方法としては経口投与も点滴静注も可能です。また、ニトロソウレア製剤であるBCNUを浸透させたウェファー状の製剤(商品名:ギリアデル)を手術の際に手術摘出した空間の壁面に貼付し、徐放性に抗腫瘍効果を発揮させる方法もとられていますが、脳浮腫を増悪させることもあり、効果は限定的と思われます。

一方、大腸がん、肺がん、乳がん、卵巣がんなどに用いられる分子標的薬のひとつであるベバシズマブ(商品名:アバスチン)が2013年に脳腫瘍では膠芽腫や退形成性神経膠腫といった悪性神経膠腫に保険適応となりました。ベバシズマブは血管新生因子であるVEGFの阻害薬であり、腫瘍への血流を阻害することで増殖を抑える効果があり期待されましたが、悪性神経膠腫に対してはその効果は限定的かと思われます。

この様に、血液脳関門の存在や使用可能薬剤の制限の面から、脳腫瘍の化学療法は他の臓器のがんに比べて、その効果が乏しいのが実状です。

3)放射線療法

悪性脳腫瘍の全部、あるいは比較的良性の腫瘍の一部に対して、放射線療法は重要な治療法のひとつです。外科療法や化学療法と併用したり、単独でも治療したりします。この場合、できるだけ病巣部だけに照射し正常脳神経には照射しないようにします。およそ2cm、大きくても3cm以下の神経鞘腫、髄膜腫にはガンマナイフ、サイバーナイフ、ノバリスなどの定位放射線治療(ピンポイント照射)装置により手術せずに治療する方法もあります。

その他、陽子線治療、重粒子線治療などを行う施設もあります。

4) 免疫療法

インターフェロンなどの免疫活性剤が脳腫瘍の治療に使用されています。しかし本治療単独での抗腫瘍効果は極めて僅かであり、多くの場合には何らかの他の治療法との組み合わせで使用されていることが殆どです。樹状細胞による免疫療法なども行われて来ています。

治療成績

腫瘍が手術にて完全に摘出された良性腫瘍の場合、術後の合併症の併発がなければ、予後は5年生存率でほぼ100%です。しかし、一部にでも残存した場合には、再発の可能性は高くなり、この場合には再手術の可能性もあります。また、一部には再発時に悪性に転化するものもあり、要注意です。一方、悪性の脳腫瘍は一部の腫瘍を除いて一般に予後不良であり、神経膠芽腫の場合、術後の生命予後平均は17週間、放射線化学免疫療法を駆使しても、1年生存率60.5%、2年生存率17%、5年生存率数%です。一方、10才代の日本人男子に発生しやすいとされる胚芽腫は放射線化学療法に奏功し、5年生存率95%、10年生存率80%以上とされています。いずれにしても、悪性脳腫瘍の場合には、手術後の補助療法を如何に迅速的確に受けるかがその後の生命予後に大きく拘わってきます。

将来の展望

悪性脳腫瘍の治療方法として、近年、チロシンキナーゼ受容体阻害薬などの小分子化合物や血管内皮増殖因子阻害剤、温熱療法なども考案されています。また、以下のような治療法も開発、研究がなされています。

交流電場腫瘍治療法(オプチューン)

頭皮に貼った電極パッド(アレイ)から、脳内に向けて低強度の交流電場を持続的に発生させて、腫瘍細胞にみられる急速な細胞分裂を阻害する治療法

ウイルス療法

遺伝子組み換え技術で、がん細胞だけに感染し、がん細胞を壊すように改変したウイルスを使う治療法

個別化医療

腫瘍組織の遺伝子や分子の異常をより詳細に分析し、個々の腫瘍の特徴に応じて、効果が期待できる最適な治療法を設定してゆく医療

これら治療法はまだ途上ではありますが、手術手技や放射線治療の進歩と相まって、近い将来悪性脳腫瘍が駆逐される日も夢ではないと考えています。

参考にすべきインターネット・サイト